ネボ山とは? 死海を見渡すヨルダンの絶景スポット|モーセ終焉の地として知られる場所 (ヨルダン)

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ヨルダンには、荒涼とした大地と歴史が重なる場所がいくつもあります。その一つが、死海の近くにあるネボ山です。

 

標高約 820 メートルのこの山からは、ヨルダン川流域、死海、そして天気が良ければイスラエル・パレスチナ方面まで見渡すことができます。一見すると、岩と砂に囲まれた静かな高台。けれどもこの場所は、旧約聖書の中で預言者モーセが約束の地を望み、その生涯を終えた場所として知られています。

 

宗教的な背景を知らなくても、ネボ山に立つと、この荒涼とした風景がなぜ何千年も人々の記憶に残ってきたのか、少し分かる気がします。

 

実は預言者としてのモーセの物語は、エジプトのシナイ山で神から十戒を授かったところから始まり、40 年後このネボ山で幕を閉じます。私は以前、モーセが十戒を授かったとされるシナイ山についても紹介しましたが、ネボ山はその旅の終着点ともいえる場所です。

 

シナイ山登頂完全ガイド|モーセが十戒を授かった聖なる山を歩く【エジプト・シナイ半島】

ネボ山とは?

ネボ山は、ヨルダン西部にあります。アンマンから車で約 1 時間、死海からも比較的近く、ヨルダン旅行では死海やマダバと組み合わせて訪れやすい場所にあります。

 

周囲には岩と砂の荒野が広がり、晴れた日にはヨルダン川の向こう側、エリコやエルサレム方面まで見渡せます。私が訪れた日はもやがかかっていて、残念ながら遠くまでははっきり見えませんでした。それでも、ネボ山から見下ろす荒涼とした大地には、ほかの観光地にはない静かな迫力があります。

 

Nebo 3

 

モーセ終焉の地

旧約聖書を読むと、モーセが総勢 300 万ともいわれるイスラエル人をエジプトから約束の地 (パレスチナ) まで率いたことが記録されています。イスラエル人はパレスチナに実際に入るまで 40 年間、荒野で生活をします。神は、モーセ自身が約束の地へ入ることを許しませんでした。

 

この 40 年が終わろうとしていた時、神は 120 歳のモーセにネボ山に登るように言われ、モーセはその高台から "乳と密の流れる地" パレスチナの風景を北から南まで見渡します。そして、その地に足を踏み入れることなく、この山でその生涯を終えました。モーセのお墓は現在まで知られていません。

 

"神は,ベト・ペオルに面するモアブ地方の谷にモーセを葬った。今日まで,彼の墓を知る人はいない。モーセは死んだ時,120歳だった。目はかすまず,力は失われていなかった。"  ―申命記34章6、7節

 

シナイ山からネボ山へ ― モーセの旅の終着点

モーセの人生をたどると、預言者として神から使命を預かったのはシナイ山でした。羊飼いだったモーセは、この山のどこかで燃えるいばらの木を見つけます。木は燃えているのに、燃え尽きてしまいません。そこでモーセはその燃える木に近づきます。

 

そのとき、いばらの木から神がモーセに呼びかけ、奴隷となっていたイスラエル人をエジプトの圧政から救い出すために任命したことをモーセに伝えます(出エジプト記 3:1 ~ 4:17)。

 

その後、モーセは救出されたイスラエル人と共に、真っ二つに分かれた紅海を徒歩で渡り、再びシナイ山にやってきます。そのシナイ山で、十戒と呼ばれる法典が神からモーセに与えられます。

 

イスラエル人とモーセは荒野で 40 年間を過ごし、その 40 年が終わろうとしたいた時にネボ山にやってきます。モーセの人生はここで終わります。

 

シナイ山はモーセの使命が始まった場所。
ネボ山はモーセの旅が終わった場所。

 

この二つの山を知ると、旧約聖書の物語が単なる遠い昔の話ではなく、実際の中東の地理としてつながって見えてきます。

 

モーセが亡くなった後、30 日間の喪の期間を終えてから、イスラエル人たちはついに "乳と密の流れる" 約束の地パレスチナに入ります。このように、ヨルダンには旧約聖書にちなんだ場所がたくさんあるのですが、このネボ山はその中でも外せないスポットの一つです。

ネボ山から見える景色

ネボ山の魅力は、何といってもその眺望です。

 

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下の写真は、ネボ山からパレスチナ側のどの都市がどの方向に見えるかを示したものです。

 

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晴れて空気が澄んでいる日、特に雨が降った後などには、ヨルダン川流域、死海、エリコ、さらにはエルサレム方面まで見えると言われています。

 

ネボ山周辺は、本当に何もない、ごつごつとした荒野です。でも私は、この中東らしい荒涼とした景色がとても好きです。派手な緑や華やかな街並みはありません。けれど、この岩と砂だけの風景は何千年も変わっていません。だからこそ、歴史の舞台に立っているような感覚があります。

フランシスコ会の教会とモザイク

現在、ネボ山の敷地はカトリックのフランシスコ会によって管理されています。長い間、教会は修復中でしたが、現在は新しい教会が完成し、内部では美しいモザイクを見ることができます。

 

ヨルダンには、マダバをはじめ古代のモザイクが残る場所が多くありますが、ネボ山の教会内に展示されているモザイクも見応えがあります。ネボ山は、単なる展望スポットではなく、考古学的にも歴史的にも価値のある場所です。

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Nebo 5↑こちらは教会の中に展示されているモザイクです。

 

ネボ山のシンボル「蛇の十字架」

ネボ山で特に目を引くのが、山頂に立つ大きな金属製のモニュメントです。これはイタリアの芸術家によって作られたもので、十字架に蛇が巻き付いたような独特の形をしています。

 

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この蛇は、旧約聖書に登場する「青銅の蛇」に由来すると考えられています。荒野を旅していたイスラエルの民が毒蛇に苦しめられた時、モーセは青銅の蛇を作り、それを見上げた人々が救われたという記述があります。

 

あるいは、エジプトのファラオの前で杖を蛇に変えてみせたモーセの奇跡にちなんでいるのかもしれません。このモニュメントはモーセの杖、青銅の蛇、そして教会のシンボルの十字架を組み合わせたものです。

ネボ山から死海へ ― 荒野なのに野菜がたくさん

ネボ山周辺は岩と砂ばかりの荒野ですが、死海へ向かう途中で風景が少し変わります。ヨルダン川流域は水に恵まれているため、この地域では野菜や果物が数多く栽培されています。

 

道路沿いには採れたての野菜や果物を売る露店が並び、私がヨルダンに住んでいた頃も、この道でよく買い物をしていました。日本ではあまり見かけないほど豪快に積み上げられたニンジン。初めて見たときは思わず写真を撮ってしまったほどです。

 

しかも驚くほど安く、新鮮。キロ単位でお買い上げです。

 

 

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死海が小さくなっているという現実

ネボ山からも近い死海は、世界的にも有名な観光地です。死海はとても美しいですが、その裏では静かに変化も起きています。死海が年々小さくなっているのです。

 

ヨルダン川の水は、イスラエル側でもヨルダン側でも農業や生活用水として大量に利用されるようになり、死海まで十分な水が届かなくなっているためです。かつては豊かに死海へ流れ込んでいた水も、現在では途中で使い切られてしまうことが多くなっています。

 

そのため死海の水位は下がり続け、環境問題としても深刻な状況になっています。死海を守るために色々な計画が考案されていますが、確実は方法はまだありません。

 

ネボ山から死海方面を眺めると、美しい風景の裏側にある中東の水問題にも思いを向けずにはいられません。

ネボ山はこんな方におすすめ

ネボ山は、派手な観光地ではありません。巨大な遺跡があるわけでも、長時間滞在する場所でもありません。

けれども、ヨルダンの荒野、死海方面の眺望、モーセの物語、古代モザイク、そして中東らしい静かな風景が一つに重なる場所です。特に、ヨルダンの歴史に興味がある方、死海とあわせて短時間で立ち寄れる場所を探している方、中東らしい荒涼とした景色が好きな方には、とてもおすすめです。

死海に行かれる方は、少し足を延ばしてぜひこのネボ山にお立ち寄りくださいね。荒涼とした荒野を見ながら、預言者モーセが歩いたこの地を同じように踏みしめてみてください。

シナイ山と合わせて訪れたい

モーセの使命が始まったシナイ山。モーセの人生が終わったネボ山。この二つを訪れることで、旧約聖書の物語が一本につながります。

 

ヨルダンやエジプトを旅するなら、ぜひ両方を訪れてみてくださいね。

 

シナイ山登頂完全ガイド|モーセが十戒を授かった聖なる山を歩く【エジプト・シナイ半島】

まとめ

ネボ山は、ヨルダン旅行の中では比較的短時間で訪れることができる場所です。しかし、その背景を知ると、ただの展望台ではないことが分かります。

 

ここは、モーセが約束の地を望み、生涯を終えたとされる場所。そして、死海やヨルダン川流域を見渡す、中東らしい荒野の絶景スポットでもあります。宗教的な知識がなくても、この場所に立つと、歴史と風景が重なり合う感覚を味わうことができます。

 

死海を訪れる方は、ぜひ少し足を延ばしてネボ山にも立ち寄ってみてください。何千年も前から変わらない荒野に立ち、歴史の舞台に自分も立っているような感覚を味わえる場所です。

 

おまけ

高校の世界史のテストで「モーセ」と書いたら、「モーゼ」が正解だと言われて減点されたことがあります。「いや、モーセでも間違いじゃないでしょう」と先生に食い下がり、結局は点数を返してもらいました (笑)。英語では Moses、アラビア語では Mus(ムーサ)。中東で暮らした今となっては、「モーゼ」よりも「モーセ」のほうがずっと自然に感じます。

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